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北海道の街は消えることがある

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連休初日に行ってきた東大雪の「三俣地区」の写真です。
森林資源の大量収奪によって、戦後の一時期まで人口1500人ほどが住んでいた
集落の様子ということです。
北海道は、明治の開拓期以来、資源収奪型の植民地的な産業構造でした。
この地域でも、木材資源を採取するために
そこそこの「人件費」を使って大量の「人夫」が集められ、
まるで「金鉱開発」のような状況が現出した。
この人口規模で「女郎屋」まで出店していた、ということですから、
いかにも「出稼ぎ」的な、一時的な産業構造・社会構造だったのですね。
そういった構造は、簡単にその基盤の資源状況によって崩壊する。
ニシンの群来に湧いた西海岸地域、
石炭炭坑の盛況で夢のような大都市が出現した夕張などの
地域の栄枯盛衰が、繰り返されてきた。
こういう社会状況の中で、地域の風土性が育まれつつある。
製造業主導型の地域社会構造整備が、幾世代にもわたって積層している
本州以南地域とは、こういう点で大きな違いがあると思います。
しかし、北海道開拓も140年近い時間が経過してきている。
わたしたちのような「土着」に近い、3代目や4代目、それ以上という
年代も出現してきている。
わたしは、東京で仕事を覚えてきて
その後、北海道でその種の仕事を開業してこれまでやってきました。
本州地域、主に東京から「帰ってくる」ことには、
不安よりも魅力を感じていましたが、
わたしたちの息子たちの年代にも、やはりそういう心情もあるようです。
それが「郷土愛」であるのか、
東京という地域への絶望であるのか、
そこらへんはまだ、わからないけれど、
いくたびかの、「街が消えてしまう」経験を繰り返してきた北海道が、
それでもここに帰って来たい、という地域性を生み出しつつあるのか。
その一方で、北海道各地で本州から移住のひとびとの活力を感じる。
かれらは新鮮に北海道の素晴らしさを実体験して、
その本来的な魅力を大きく発掘している。
東京からの移住組のスタッフから
北海道の野菜のおいしさについて教えられました。
これまでは、収奪型の食品のおいしさが北海道の魅力だったように思うのですが、
野菜という、人によって「手作り」されるしかない「製造業」が
それが「魅力」になってきているのか、と
ものすごくうれしく感じさせられました。

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