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【木製建具がもたらす暮らしの陰影】

家って、結局は外界とは違う環境を作り出す営為。
人間生活には絶対に明るさが必要なので、
それを外部から取り入れたり、照明計画を考えたりする。
外部から光を取り入れるには、窓を必要な箇所に開けることになる。
窓を開口させれば、その先にどんな景色が広がっているかが
ポイントになるでしょう。
その家の立地環境でのいちばんいい眺めを居間には取り込みたい。
人生でいちばん永く過ごす視線環境を自分で選択できるのは醍醐味。
それ以外の場所では、ケースバイケースで
見たくない箇所では明かりだけを取り込んで曇りガラスを入れたりもする。
とくに都会のなかでの周辺環境では制約も大きくて
高い位置に横長の窓を取ったりして、外部視線との了解点を探す。
そういうやり繰りが通用しなくなってくると、
半分視線を遮り半分は採光するような、木製建具を考えたりもすることになる。
写真はつくばの家の伊礼智さんの住宅事例。
ここは「里山の家」なので、たぶん関東の一般的な住宅与条件よりも
視界環境はかなり恵まれているでしょうが、
玄関を入ってすぐ右手の採光窓にこのような建具が付けられていた。
木製建具が入っていて、まさにウチとソトの境界を仕切っている。
玄関に入ってすぐということは、心理的にはそういう境界を意識する。
いわゆる「結界」という心理の区切りに位置しているのですね。
そこでこうした陰影という採光装置で「迎えられる」ワケ。
わたしはこの家には2回出入りしたのですが、
その両方で、「あぁ、ここに格子建具がある」と気付いていた。
こういう格子の建具というのは日本人にはなにか、ネイティブな感覚を呼ぶ。
京都町家の格子の連続による街並み景観にも似た
そういった感覚の部分が揺さぶられるのかも知れない。

こういった建具を使った空間デザインというものが、
本州地域ではかなり根強くあり続けていると思う。
北海道では、こういった建具仕事はなるべくキャンセルさせたい右代表でしょう。
というか、建具屋さんという職業領域自体が存続を危惧される。
しかしニッポン的マインドには、こういう建具による「中間領域」、
かなり重要な存在感を占めているのではないだろうか?

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