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【伊礼智 建具レイヤー活用・里山ニッポンの家】


さて伊礼智さんの里山住宅博inつくばバンガードハウスであります。
伊礼さんはいま、全国で引っ張りだこの住宅設計者で、
聞くところでは北海道でもそういう「住宅学校」計画があるとのこと。
わたしは伊礼さんの住宅実作を体験するのは初めてでした。
見学時はそれこそ大混雑で人間がいない方向を探すのに苦労する状況。
ということで、見学が集中していた3時前にいったん訪問した後、
「そろそろいいかなぁ」と4時前に再訪したけれど、
それでも多数の方がいたので、思うようなカットが撮れなかった(泣)。
入ってすぐに直感したのは、
「あ、吉田五十八さんの成城・猪俣邸の空気感」という感覚です。
なぜそう感じたかはよくわかりませんでしたが、
猪俣邸は大好きで、東京で時間があるときにはなんどか、
訪問してその雰囲気に浸っていることがある。
そういう空間意識が呼び覚まされるのかも知れません。
吉田五十八建築は画家としても好きな山口蓬春美術館も何回か行っている。
で、かれは東京美術学校出身の建築家で、その後の東京芸術大学の
建築の系譜の起点のような位置付けになるのでしょう。
考えてみれば伊礼さんは、この系譜に連なる建築家なので、
こういった感覚には「やっぱりそういうことかなぁ」という思いがあった。
北海道ではなぜか、こういう系譜の設計者は存在を聞かない。
猪俣邸ではとくに居間と庭との関係が基本。
東京成城の家だけれど、コケをわざわざ京都から移植してきたという
ニッポン的庭園趣味生活の底深さに驚かされたりもした。
なので、いちばん上の写真のようなアングルを狙っていたけれど、
このカットも、ギリギリ人物が入ってこない瞬間の産物(笑)。
ホントはもっと開口部以外の室内の壁面・天井とのバランスを
しっかり抑えたかったのですが、人混みでとてもムリでした。
というのは、猪俣邸ではこの室内と庭との相関関係が主要テーマだったので、
直感的にそういう視覚でみたいという欲求を持ったのです。
まぁもちろん、成城の高級住宅街でも屈指の庭園の猪俣邸と、
この新興里山住宅地では背景条件が違いすぎるけれど、
きっとDNA的な相似関係があるのではと思ったのですね。
おお、無駄話が長い(笑)。


で、切り取って見たテーマは温暖地的な「自然との対話くらし」の
接点としての、庭〜外部建具〜内部建具の積層感ということ。
堀部さんの住宅でもこの点は感じさせられたのです。
堀部さんはコスパを相当に研究されている様が伝わってきましたが
こちらの伊礼さんの住宅の居間開口部では、
相当に複層的で重厚だ、とまでは感じられました。
しかしいかにも訪問客が多すぎて、説明を聞く機会も得られなかった。
ということなのであくまで「感じ得た範囲内」であります。
開口部フレームのタテ横バランスは、見たとおりです。
堀部さんの住宅では「下屋」という自由度の高い建築手法選択だったので、
長大な「ヨコ」方向の広がりがあったけれど、
こちらではけっこう「縦長」感覚だなぁと思わせられた。
猪俣邸では全く気密性という概念はなく、融通無碍に外部に開放され
フレーム感でもたいへん横長な感覚だった。
こちらではタテ長気味に風景を切り取っている。
この開口部では、窓枠部位の幅広さが特徴的だと思いました。
障子と窓面との間がけっこう大きく取られている。
暖房の温風吹き出し口は、この障子の手前側でした。
重厚な取っ手の付いた木製引き戸との距離が長くなっているのですね。
そして庭に出ると外部道路に対して遮蔽的な植木が植えられている。
庭でもこのような「レイヤー」意識が貫徹されている。
何重にも装置された「ウチとソト」感覚というものが強く感じられた。
壁で仕切るのではなく、外ーウチ的な外ー複層的な結界部分ー内という構成。
建具や植栽というものが、幾層もの中間領域を意識させる装置になっている。
このあたりの内外の関わり方の感受性がニッポン的ということなのか。
では北海道ではこのコンセプトはどう表現できるか、
この部分で北海道の住宅はずっと「特殊に」格闘してきている(笑)。

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