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言語芸術ってなんだろう

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なぜか最近、そんなことが頭を離れません。
とくにテキストの芸術、ようするに「文学」というものが見えにくくなっている。
明治までの日本の芸術状況とはどんなものだったのか。
そもそも日本には各地域で話される方言差が大きく、
統一的な言語が存在していなかった。
司馬遼太郎さんの残された逸話に、明治維新の頃、
各藩が京都で政治会合を持っていたとき、
薩摩と津軽とが対話するとき、
演劇の表現を通辞として使った、という一節すらあった。
それでは明治国家が目指した欧米列強に後する「国民国家」創設は難しい。
そこで、さまざまな論理構成や、欧米の科学概念をも表現可能な
「日本語」を生み出すことが緊急課題だった。
まずは擬制的に東京の山の手地域で話されていたことばを基礎にして
概念を厳格に表現可能にする「日本語」が生まれてきたといわれる。

だから、明治期に「文豪」と呼ばれる人々が輩出した。
そして出版活動と報道活動が活発化していった。
とくに出版では、このような新たなジャンル開拓に近かったので、
「こんな内容でも文章で読める」という新鮮な驚きが
多くの読者を獲得していったのだと思う。
やがて「内面世界」的な部分すら、多くの人々の共通の話題に出来るようになり、
作家たちは、競って「私小説」のようなものに向かった。
しかしそれは、ひとびとの読みたいものへの欲求の高まりとともに
作家自身の内面を切り刻むような傾向に傾いていった。
芥川龍之介さんとか、太宰治さんとか
作家と言えば、自殺するものみたいな傾向になっていった。
一方で、出版の発展と言うことでみれば、
このような「言語表現物のマーケット」が出現し、拡大したので
そうしたマーケットを狙って、さまざまな新人発掘が行われた。
芥川賞とか、直木賞とか、
文藝春秋社創業者菊池寛さんって、
日本のメディア事業者として、特筆すべき人物だと思います。
わたし自身は、この菊池寛さんのことが大好きです。

わけなんですが、文学の衰退が言われて久しい。
そもそも言語それ自体の「芸術」というのはよくわからない。
物語ストーリー、その展開の仕方などなどの部分では
やはり今日、映画やテレビの方が優れていて
時間節約的でもある。
また、さまざまなテーマジャンルについての紹介とかは理解出来る。
それらは、確立した日本語の最大の恩恵であると思います。
日本語創出において「文学」は大きな産婆役は果たしたけれど
いま、言語として確立してしまえば、
それ以上の底掘りすべき対象であるのかどうか、
どうも疑わしいと思っています。
どうなんでしょうか?

<写真は中村好文さんの「小屋」in21世紀美術館>

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