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A.レーモンド・東京聖十字協会

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さて、東京世田谷建築散歩、第1回は表題建築。
重力に逆らって、建築という人間の生きていくための装置を作る
その営為は、ずっと継続し続けてきたモノでしょう。
建築はなまなましいものであり、誰にでも感受性を開いているもの。
美術品のように、意志を持って見るものではなく、
それを超えて存在しているもの。
あるとき、ある時代で、まるでピンナップされるように
特徴的な建築が建てられて、
それが一種の時代観や、そのときの空気感が残るものがある。
そしてその地域に生きる人間が、なんとなく
地域らしさを形成しているその建築に対してある思いを持つ。
やがてそんな「蓄積」の総量が「街の魅力」を創り出していく。

この東京聖十字協会についての丸谷さんの説明文。
「1924年に現在地に設立されました。
前年の関東大震災で都心の多くが
被災した中で、郊外に移り住んだ人々に、
精神的な柱をと願って,いち早く会堂ができました。
親しみやすい地域の中で形式張らない教会、というのが特色。
もうひとつの特色は礼拝堂のユニークさ。
こちらは1951年に建てられたものです。アメリカ人、
アントニン・レーモンドの設計による
「柱状合板」使用の「合掌造り」風のものとしては、
日本最初の建築で専門雑誌によく紹介されています。
礼拝堂内部には、清楚な壁面「十字架の道行き」が掲げられ、
黙想と祈りの巡礼が行われます。
この建物は集成材を用いて合掌造り風に手掛けた
最初期の例なのだそうで、尖塔型アーチ型シェイプは
「カマボコ兵舎」と呼ばれて親しまれた。」
というように紹介されていました。
わたしたちには「ラワン合板」というと、
どっちかというと、むしろ簡素な素材というイメージがありますが、
創建当時は、むしろ木の王様といわれるチーク材に似た
南洋由来の高級材というイメージだったと言うことです。
こうした素材が、地域の中でその外観形状のかわいらしや
ごくさりげない下町的な住宅街のなかという立地もあって、
人々の心に「温もり」を与えたであろうことは
容易に伝わってくるモノがあります。

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窓がほとんどない建築で、夏の気候の中では、
内部は相当の熱さであったに違いない。
空気抜きのようなハイサイド窓にはガラリが付けられていたり、
それでも足りずに1窓ごとに電気換気扇も付けられていた。
きっとラワン合板の木の匂いがむせ返るような
そんな空間だったに違いありません。
ヒューマンな印象の建築でした。

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