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【石器時代以来の普遍技術〜船大工】




住宅の領域でながく雑誌とか情報に関わってきたけれど、
その基礎になる大工技術は、発展の最初期に船大工と家大工に
大きく分化したのだとその歴史的経緯を教えられることがある。
家大工より先行して船大工の歴史がありそこから家大工は分かれたと。
木造住宅というのは、せいぜい数百年程度しか存続し得ないけれど、
世界最古の丸木舟は、オランダで発見されたもので
炭素年代測定法により、紀元前8040年~紀元前7510年ころのものと推定。
(同国のA28自動車道を建設中の1955年に発見された。)
ということは、約1万年以上前のものということになる。
日本の歴史で言えば縄文時代真っ最中ということになる。
しかし人類がグレートジャーニーで世界の全大陸に進出したことを思えば、
はるかに先行する時代から船大工技術が存在していたのは明白。
現生人類8万年の出アフリカ歴史と随伴して船大工技術はあったのだろう。
人間の移動手段として水上利用はきわめて原初的。
現生人類はアフリカを出発してから、いくつかのルートに分かれて
アジアに到達したけれど、海沿いに東進した人々は海を右手に見ながら
この列島にやってきたに違いない。この旅の記憶が人類には深く刻まれている。
ユーラシア大陸最東端から船で沖縄諸島・日本列島に人類が到達したとき
(おおむね3万年前くらい)そのときには船でやってきたことは確実。
海を渡るという冒険心はすごい飛躍だと思うけれど、そのためには当然、
木を伐採して船を作る、という技術が前提になっていなければならない。
それも大海に挑戦するには造船技術の何段階もの技術進化も欠かせない。
当時広大な陸地だったと推定されている「スンダランド」と名付けられた
現在のインドネシアとかインドシナ・フィリピンエリア、台湾地域は
まるで人類の揺りかごのような地域だったと想像されるけれど、
そこから冒険者たちはあらたに太平洋を渡ろうと考えて沖縄諸島に来た。
これは以前放送されたNHKの人類の旅番組でのストーリー。
おおむね事実と推定しうる根拠があると思っています。

石器時代というのは、移動採集生活の時代。
そういうライフスタイルにあって船を使うというのは、
移動手段として最先端技術であったに違いない。
というか、木が水に浮かぶ公理を技術に利用した人類知はすごい。
狙った獲物への接近手段で水上移動は有用性が高かったのは想像に難くない。
陸上と水上の2面作戦は狩猟にたいへん有効だったと思える。
一番上の写真はエジプトの船大工の様子を描いたレリーフ。
2番目の写真は縄文時代の時代相の博物館展示。(富山と新潟)
そして3番目は現代の中東に残された船大工技術の実演風景。
上の2枚の画像からは、石斧が重要なツールとして表現されている。
現代は石斧から鉄製の斧に置き換わっているけれど、機能は同然。
木を切るとともに、丸木をくり抜いていく作業は人類普遍の知恵だとわかる。
この石斧は縄文に先行する石器時代からの「伝統技術」であることが明らか。
石斧は現世人類ごく初期から有用性のきわめて高い道具だった。
木を加工するときにこれを使って切ったり、掘り込んだりしたのでしょう。
この石斧の進化史をたどっていけばミッシングリンクが見えてくる予感。
船大工技術はこう考えると、相当古層で人類進化の大きな要因だと思う。
木造と人類進化の歩み、いよいよ面白みを実感させられる。

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