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中国との付き合い方

さてきのうのテーマからの続編的なことを・・・。

明治の時に、
世界の民族国家間戦争の時代に急速に対応した日本
鄧小平の指導によって改革開放し
グローバル経済の時代に急速に対応した中国

どちらもよく似た「開発独裁」的な政治と官僚機構とで
短期間に世界の最前線に自国の位置を押し上げてきた。
欧米的価値観世界に対応するのに
日本の方が、より小国なので、政治的には対応が早くできた
というか、その後の民主主義の浸透にも
歴史的に「野党」の存在があった分(江戸期の外様大名など)
長く皇帝権力体制が続いてきた「革命の国」中国とは
対応力に差があったということでしょうか。
今日、この時点で言えば、
開発独裁型は中国の国情に似合っている部分の方が色合いが強く
経済運営を強権的に進められる分、
中国の方が、対応が早い部分があって、グローバル経済の時代には
こういう政治体制の方が似合っているのではないかとも思える。
しかし、国内的にはまごうことなく「独裁国家」であって、
民主も法制も、浸透はしていない。
また、浸透したときにどうなっていくのか、予断は許さない。
そもそも、12億人の社会が機能的に民主主義を実現できるのか、
場合によっては、とんでもない「民主主義」が発生する危険も感じる。
いずれにせよ、
中国という国家は、そもそも多民族国家であり、
それも現状は、中央地帯を支配している漢民族主体の政権であり、
それがイデオロギーと武力で他民族を強制的に同族化させているプロセス。
そして三国時代ではないが、
結局、漢民族の世界も、大きくはいくつかの地域国家に向かう
地政的必然性を持った社会であると言えると思います。
ちょうど、ドイツとフランスと、南欧地域というような
ヨーロッパ・EUとよく似ている。
そういう社会の特徴は、多様性の受容という経験値が高い。
一方で日本社会は、多様性というものに対する寛容度が低い。
簡単にヒステリー的な民族主義・排外主義が興りやすい。
たぶん、中国を中心にするアジア世界での日本に対する反発の根源は
ここらあたりの部分に対する歴史的教訓が伏線としてあるのだと思う。

歴史的には、
日本は、この超大国国家と、ずっと向き合い続け、
朝鮮のように近すぎなかった幸運の元、
比較的、相対的独立性を維持できてきた。
いまは、経済的には切っても切れないような関係性の中にあって
付き合いが、深くなって行かざるを得ない。
隣人関係は選べない以上、調和的関係を志向していかねばなりません。
そう考えれば考えるほど、
歴史的な関係性の把握って、きわめて重要だと感じさせられますね。

写真は、旭川郊外の「大雪窯」さんの庭にあった茶室。
きのうは、このお庭の中で、いろいろな
催事が行われて、参加しておりました。
そのうち、書きます。

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