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ご先祖の生きた世界

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写真は、瀬戸内海地域のジオラマです。
瀬戸内海地域は、古くから日本が海外と交通する主要幹線海路として
もっとも主要に栄えてきた地域。
畿内地域までアジアや西南日本地域からの外洋船が入っていくのに、
かならずこの地域を通ることになり、
必然的に水や食料などの補給のための港湾が必要だった。
その結果、早くから活発な港湾都市が形成されてきた。
現在、広島県にある草戸千軒遺跡は、実に商業ビジネスが活発だった遺跡として
中世都市の実像をかいま見せてくれているそうです。
絶対見に行きたいと思っているのですが、
まだ果たせていません。
なんでも、手形などの交易痕跡も発見されているという話を聞いたことがあります。
平安期に中国では宋が栄えていましたが、
この国は、商業国家として大変な発展を遂げた国だったそうで、
手形に似たような経済決済が行われていたそうです。
宋との貿易で巨大な経済力を得た平氏が
日本の権力を奪取するわけですが、
かれらが、その権力基盤の神聖聖地として厳島を造営したのは
この地域の経済力を誇らしく表現したものでもあったのでしょうね。
わたしは、今でこそ北海道フロンティアを志していますが、
実はご先祖は、まごうかたなくこういう地域でDNAを育んできた(笑)。
夏とか、海とか、色白なのに胸騒ぎが大きくなるのは、
こんな地域でのご先祖様の体験が、自分の既知体験のように
なにか、遠くから感じられてならないものなのかも知れない、って
なんの根拠もなく夢想することしきりなのであります。
まぁ、間違いなく単なる錯覚ですね(笑)。
ではあるのですが、
わが家は、北海道に移住してきた多くのみなさんと同じように
その家系に対しての探求心が旺盛であります。
幼いころに北海道に移民してきた父や、兄たちが
いろいろに調査活動(笑)を積み重ねてきておりまして、
そんな縁から、一族の歴史研究者の方などとも交流があります。
なので、かなり詳細にわが家の先祖を調べてきております。
先祖の中には、一遍上人もいるのだそうです。
讃岐地方に、律令国家の形成期ころ直接の氏族が見いだせるということ。
そのころから、江戸幕末まで、一貫して
この地図のあたりを、あちこち、転々としてきているのですね。
なにかこう、立ち上ってくるような
おかしさがこみ上げてくる思いがいたします。
さてさて、いったいどんな人生を積み重ねてきていたものか、
でもまぁ、時代によって形は変わっても、
同じ人間、そうは違った感じ方、考え方をするわけがない。
そう思うと、時代の変遷の中で、
どんなように生き延びてきたのか、興味は尽きないのであります(笑)。
北のくらしデザインセンター
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