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家とひとの生きざま

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きのうは、「あまちゃん」の舞台装置をめぐっての雑感を記しましたが、
住宅雑誌の発行をし続けているけれど、
結局、ひとの暮らしに強い興味があって、
その、いろいろな見方を思索し続けてきているのが、
自分の営為であるような気がしてきています。
家のかたち、というよりもそこで展開されたであろう多くの人の
人生観であるとか、いわゆる「生きざま」に深く想像力を働かせたい、というのが
年来持ち続けている望みであるような思いに至っています。
きのう書いたことの追記をしておけば、
やはりほんの1フレーズだけ、小泉今日子が演じた春子の部屋について、
祖母・夏ばっぱは「いつか帰ってくることを考えて、残してあるんだ」というセリフを
夏ばっぱの海女の同僚に語らせているワンシーンがありました。
こういった発見があると、その周辺的な部分のセリフの言い回しが、
より興味深く、再見することができる。
「テレビ小説」という名付けに、迫力が加わってくるように思います。

わたしの「古民家」好きというのも、
無意識的に、そんな痕跡を探し続ける部分が大きな動機になっているのでしょう。
確かに、昔人の考えていたことは、その家に明瞭に残されている。
ただ、わたしたちの想像力が及んでいない。
いちばん大きな違いは、わたしたちの「宗教的」というか
「家の存続」という部分というか、
そういったものへの態度が、現代人と昔人では大きな違いがある。
残された古民家で、神棚や仏壇などへの尊崇の態度が表現されていない家は皆無に等しい。
明確に、自分と家系へのアイデンティティが存在し、
そのことが日々、深く認識されていることが伝わってくる。
やはり日本人の意識は、大きく変換してきたのであり、
それは、個人に優先する「家」「伝統的社会性」の優先を認識していた社会と
そうした認識が希薄化した個人の内面にしか動機を求められない家を生む社会の違い。
宗教的・伝統的なものへの忌避が、
戦後からの社会の基本だったように思います。
それは日本人とその社会を改造しようとしたアメリカによる占領を経て、
強固に根付いた、とも言えるのかも知れません。
日本人と社会は、大きな「変化」に対して
柔軟な「受容力」が世界で一番優れているのだろうと思う。
古くは言葉の受容、「国家体制」の受容、「貨幣社会」の受容、
「鉄砲伝来」からの欧米技術の受容などなど、日本歴史の巨大なテーマに間違いはない。
廃仏毀釈に際して、興福寺だかどこかの寺院の僧侶たちが、
千年からの伝統をこともなく,痛痒もなく捨て去っていく事実を司馬遼太郎さんの
歴史「取材」文章から読んだことがありますが、
そういうことが、戦後60年以上の時間を掛けて、
どんどんと進行して、いまもそういう流れが継続しているのだろうと思います。
現代の家の作られようからすると、この流れが終焉に向かっている兆候はまったく感じられない。
ただし、いま進んでいることは、けっして欧米の受容ではないと思います。
そのような枠組みの中で、その枠を壊すことなく、
もう一度、ひらかなを生み出したように
独自に咀嚼して新たな「オリジナリティ」に向かっているのではないかと予感します。
ただしそれが、日本的であるのかどうか、は定かではない。
どんな生活文化が成立していくのかどうか、
ウオッチし続けていきたいと思いますね。

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