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中央省庁

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写真は、現在、商標登録出願中の案件に対する特許庁からのレスポンス。
こういう中央省庁とのやり取りって、
仕事をしている中では、いろいろと発生してくるもの。
実用新案であるとか、商標出願など、そこそこ経験があります。
また以前、NPO法ができた頃には、「経済企画庁」との間で、
やり取りしながら、申請をまとめたこともあります。
いまは「総理府」に所管が変わったのですが、
ちょうど堺屋太一さんが長官を務めていた時期でした。
こういう申請作業など、面倒がって弁理士さんなどに依頼する方も多いのですが、
直接自分でやった方が、やっぱり勉強にもなって良いと思います。
わたしの場合、一応法学修士なわけで(汗&恥かし)、
日本語の「修辞的能力」「論理性の鍛錬」という意味では
たいへん勉強になる良い機会であり、
そこで申請や、やり取りが通せるようになると、自信もついてきます。
とはいっても、特段、特殊な能力が必要と言うことはありません。
これまで、数件の申請を行ってきましたが、
すべて許認可をいただけました。
やってみると、けっこうおもしろみもある仕事なんですね。
とくにNPO法人の新設の申請時には、たいへん修辞能力を鍛えられた思いがあります。
先日読んでいた、平安初期の高級僧侶、円仁さんの中国への渡航記には
官僚制国家の手本とも言える「唐」の国での
対官僚との文書主義でのやり取りが、その息づかいの部分も含めて
記載されていて、身をもって知っている部分で共感も覚えたものです。
東アジア世界で形成されてきた「官僚主義」というもの、
よく否定的にばかり捉えられることが多いのですが、
実際に体験し、やり取りを重ねてくると、理解できてくる部分もあります。
もちろん、確かに「お役所仕事」と非難されるような部分も多いとは言えるわけですが、
しかし、この官僚制にはやはり歴史的に
東アジア的な「公共性」というものの本質的透明性もあります。
日本に法律という概念が導入され、徹底的に文書主義が導入された歴史段階で、
確か、奈良朝期だったとおもうのですが、
官僚機構の役人さんが、わが子の不勉強ぶりを嘆いている記載などがありました。
日本人は、最初から公式文書に、輸入された文字を使って記録を残してきたわけで、
とにもかくにも「勉強」しなければ、公的な世渡りが難しい、
というような経験を、歴史年代レベルで体験し続けてきているんですね(笑)。
中国では、「科挙」というシステムがずっと存続し、
日本では、勉強する、ということが基本的態度として期待され続けたのです。
しかし、実際に中央省庁のみなさんとやり取りすると、
けっこう親切で、また柔軟性も持っている対応をしていただけることも多い。
やはり法律の蛇口に近いという感じがあって、
「法の趣旨」という判断基準概念が存在している感じがします。
ところが、これにもう1段階、地方行政機構が関与すると、
一般からは、とてもわかりにくい対応が顔を覗かせてくる部分が出てきます。
こうなってくると、途端に文書上での「臆病さ」とでも呼べるものが
とても大きく感じられるようになる。
一言一句が、些細に取り上げられてくるようになるものなんですね。
このあたり、日本では官僚機構同士の意思疎通というのがうまくいっていない、
というように感じる部分ですね。
いま、大問題になってしまった年金の問題など、こういう側面も大きいかなぁ、
って思える次第です。困ったものです。
このような問題点にも、もっとスポットが当たって良いと思います。
当事者にはなかなか見えない問題点だし、
その上に乗っかって人気取りもしながら指図する政治家さんにも
やっぱりこういう部分は見えないだろうと推察できます。
ということで、本日も住宅ネタではありませんでした、申し訳ありません(笑)。

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