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歴史になっていく死・植木等

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植木等さんが死にましたね。
諸行無常、というような言葉が想起される気持ちです。
まぁ、新聞の紙面でも各紙、たいへん大きな紙面を使って報道されていますから、
何も書き足すことがあるわけではありませんが、
少年期から青春期にかけて、かれの醸し出すギャグ世界の中で
「なんとなく、未来は明るく感じていた」
時代の空気のゆりかごで育った世代としては
そうか、こうやって、あの時代感が歴史になっていくのか、という淡々とした心境になります。
そのことになにか、新鮮な感覚もともなっています。
どういう感覚なのか、いま、という時間、言葉にできない時代の空気感が
たっぷりと詰まっていた時間が、いつの間にか、ピンナップされて
もう歴史時間になったのですよ、と告知される、という感じ。
植木等さんは、ああいう演技を全力で走りきって、
晩年には、また違った渋みも感じさせながら、鬼籍に入っていった。
ちょうど、網野善彦さんの歴史書をずっと、読み続けているのですが、
戦後のあの時期に花開いた元気いっぱいのああいう明るい未来賛歌って、
日本の芸能史の中に、たぶん、書き込まれていくのでしょうね。
映画からテレビへの「芸能」の中心軸の大きな変動の時代の最先端で
植木等や、おおくのギャグマンたちが才能を開花させた。
芸能って、たぶん、人間存在の根源的な部分で
ある共感を紡ぎ出してきたものなのだろうと思うのです。
田植え仕事の中から、猿楽のようなものが生まれ、
そういう人間の楽への欲求のはけ口としての祭りや、歌合いというような民俗の場で
明日への生きる活力のようなものになっていったんだろうと思います。
そういう系譜を書物の中でたどりながら、
そのなかに、あの植木等も加わっていくんだ、という驚きです。
なんか、要領をまったく得ていないブログですね。
まぁ、お許しください。大ファンだったもので・・・。
こういうのが「年を取っていく」ってことなんですね(笑)。 合掌。
<写真は無関係です。>

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