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ジョブズさん本の読書感想_1

誕生について

わたしはアップルの創業者であるスティーブジョブズさんの
来歴とかは、ほとんど知りませんでした。
断片的には、現代のIT産業興亡史、三国志にも比せられるような
激動の動きのニュースなどを通じて知識はあったけれど
かれの個人的なことについては、まったく知りませんでした。
今回の「伝記」を読んで初めて知った次第です。
そのなかでも、出生についての数奇さには驚かされた次第。
現代アメリカというのは、このような
家族とか、結婚といった価値観の動乱状況の中にあって
そういうなかから、奇跡的な人材が生まれてくるのだと驚嘆しました。

かれは、私生児として生まれて、
生まれる前からすでに養子に出されたのだということ。
母親は、アメリカ東部の厳格な家庭環境に生まれて
結婚を父親に拒否された相手との間に出来た命を、
宗教的な理由から中絶することも出来ず
その点について比較的寛容な、西海岸・カリフォルニアで出産する道を選んだ。
そして中産階級の子どもが出来なかった夫婦に引き取られるのだが、
このような私生児を、養子として育てることにも
すでに法律的・社会的ルールが存在していたということにも驚く。
しかし、ルールはあっても、
それを受容する人間の心は、まったく準備されていない。
かれの特殊な人間性、性格を分析するとすれば、
この体験というか、事実が、人間形成に大きな影響を与えたことは疑いがない。
あまりにも過酷な試練、母親にも父親にも
生まれる前から、あらかじめ拒否されつつ、
なお、生命を得なければならなかった人間の内面性はどうなるか、
そういった極限的なテーマが生まれる前にすでに決定されていたのだ。
まさに、想像を絶する。
かれの作りだしてきた製品群に繰り返し出てくるテーマ
テクノロジーと、人間の感受性の「交差点」っていう概念に照らせば、
かれ自身も、人間の感受性と、人間の社会システムとの
現代的なきわどい接点、極限点から出生してきた、ということになる。

このことが、自分自身は「特殊であり、特別なのだ」
という強い自己認識を生んだであろうことは、その後のかれの
人格形成を見てみれば明瞭だ。
そしてかれには、ほぼ同様のDNAを受けた妹が存在するそうだ。
彼女は、ジョブズを捨てた両親が、その後、正式に結婚して生まれた。
後に、両親は離婚することになるけれど、
それでも彼女には、出生に責任を負った両親がちゃんと存在する。
一方は、そういう存在を持たない。
ほぼ同様のDNAを受け継いだ兄妹が、どのように違っていくのか、
社会的にも、興味は持たざるを得ない部分だと思う。

このような人間性というのが、まず、読むものに
大きな想像力の試練をもたらす。
こうした「喪失感」とともに生きていくっていうことはどういうことか、よくわからないし、
そういう人間をどのように理解すべきなのかも、わからない。
そしてもっとわからないのは、
そういうような人間の尊厳性という部分までの極限的な状況が
現代アメリカでは、現実のものになっているということ。
人類はおおむね、「家族」という繭で包み込まれながら育つ感受性が基本である、
という相互理解でコミュニケーションをやってきたし、社会を作ってきた。
しかし、そうしたことに、あらかじめ拒絶されて育った人間も
一定の範囲で、その数が拡大し続けている。
そういうことを認識させられた。
どう考えていけばいいのか、正直、なかなかレベル調節がむずかしいと思わざるを得なかった。

<明日以降へつづく>

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