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【ニッポン的な公共空間 産土神・拝殿建築】


きのうの続篇ブログであります。
この写真の「英賀神社」については、数回取り上げてきています。
播州のこの「英賀」は、夢前川河口に位置していて
地域一帯がわたしの家系の伝承に連なっていると考えています。
ときどき出張や旅行で訪れる機会があり、
そのたびにこの「拝殿」をたのしく見学させていただいています。
いまは、たぶん建築基準法上からの判断で不適と見なされ、
建て替え工事が行われ、先日「建前」が行われたと地元の議員さんの
ブログで紹介されておりました。
秋の例大祭でのお披露目を目指して急ピッチで工事進捗しているようです。

北海道人というのは、こういった「産土神」というような生活文化を
ほとんど感じないで育ってきている。
神さまというのが、もともとその地を開拓した伝承に基づいている産土信仰、
そういった感覚からはまったくほど遠い。
神社もそれこそ官製の「北海道神宮」など、戦前に国家が建立した
そういった存在しか、北海道人としては馴染みがない。
そういう理解に対して、この英賀に来てはじめて「産土」ということを
はじめて知らされる思いが強いのです。
とくにこの「拝殿」建築は、内部に入ると絵馬堂という機能も持っている。
絵馬というのは、北海道ではいきなり近現代の小さな絵馬しか想像しない。
地域社会から寸志が寄せられていわば「公共」として
大きい絵馬を奉納するというようなことがこの英賀では連綿と行われている。
日本の歴史とともに長くそういう民衆的な価値感が継続してきている。
一方北海道では地域社会が歴史が浅いためにいきなり現代的な契約概念的で
いわば地生えの「パブリック」というものが存在しない。
官製の神社としてしか存在しないように思うのです。

そういう近現代の「常識」的価値感からすると、
自然発生的なパブリックの意思が歴史的に継続しているというのは、
大いに驚かされ、また深くリスペクトを感じさせられる。
掲額されている絵馬群のいかにも大衆的な絵柄、わかりやすさにも
「ニッポン的地生え民主主義」みたいなものを感じさせられる。
たしかに戦前の一時期、国家神道のようなカタチで産土神も編入されて
変容させられた一時期はあったのだけれど、
それをただただ全否定していては、ニッポンの民衆の歩みも見えなくなる。
こういった神社仏閣がニッポン的「公共」社会のきわめて重要な
ファクターでもあったのだということが見えてくる。
単純に「政教分離という一神教」理解では、歴史も見失うと思えます。

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